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是永裕之

Author:是永裕之
死ぬ意味がわかると
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僕たちは世界を変えることができない

2011.10.12 21:24|本&映画
最近映画をよく観るようになりました。
「僕たちは世界を変えることができない。But, We wanna build a school in Cambodia.」

僕たちは世界を変えることができない




「僕たちは世界を変えることができない」主題歌

歩み/RAM WIRE
http://www.youtube.com/watch?v=6GO6Hjngp6g&feature=related

この曲好きです
是非BGMにしてブログ読んでいただけたらと思います。



2週間前に観たのにまだ覚えている言葉がある。
大学教授役の阿部寛さんの言葉

「献体」は究極のボランティアだ。


見返りなんて求めていない。
未来の医療の為に、勉強中の医学生の為にお金も貰わずに体を寄付しているということ。


この言葉に反応したのは日本が東日本大震災の被害を受けたからなのかも(?)


ボランティアは偽善。
そんな言葉が震災後広まった。


何かを始めようとすると、いつものように邪魔者が入るもので。
これもその類のやつだと思う。

ボランティアは、心の中に呼びかけてみないとわからないのだから
偽善かどうかなんて外からは確認できない。

ただ、みんなどこかでwin×winの関係でありたいと思うのは当然だと思う。


僕が今やってる事と言えば、被災地に寄付する為に毎月1000円ずつ貯めてることくらい。
なにかやらないとと思った。


キッカケになったのは震災後のTwitterでの一文↓
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募金箱の前にて幼稚園位の男の子と母親の会話。
母「貯めてたのに本当にいいの?」子「3DS我慢する。これで地震の人の家建てる。」
と言いお年玉袋から5,000円を寄付。母「偉いね。地震の人、これで寒くなくなるね。」
男の子思わず号泣。後ろにいた私、大号泣。
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実際一か月1000円貯めても一年に12000円
10年経っても12万
微力すぎるけど、映画中にも出てたマザーテレサの言葉に少し救われる

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「私の行いは大河の一滴にすぎない
でも何もしなければ
その一滴も生まれないのです」
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すみません。話が逸れました


映画の内容ですが、僕的には星3個ってところです。
でもDVD買うかな。それだけ意味がある映画だったから

予告編などを観て期待しすぎてたのかもしれません。

ありがちな内容と、映画風な場面とドキュメンタリー風な場面で違和感を感じてしまった
そこがいいという人も大勢いるみたいです。

あとで知ったのですが、ドキュメンタリー風な所はやはり台本にセリフもなく、テストもなくすぐ本番だったそうな。
まぁ、映画中に田中甲太役の向井理をガイドが「おさむ」って呼んでいたのは、撮り直さないといけないだろ!ってツッコミたくなりましたけど



最後に向井理が流暢に英語を話している映像です。
この映像いいね!


http://www.youtube.com/watch?v=fIjjxX4vHbA

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キリング・フィールドも含めるとほんとに人がそこに生きていて殺された事実もあって
トゥール・スレンでは僕が一人でしゃがんで空を見ているシーンがあると思うんですけど、
そこもきっと35、6年前 
ポルポトが彼らを拘束していた時に、その時その場でその人はきっと居て
同じ光景を見ていたんだなと思いました。

そこから人間の恐ろしさとか自分がもしかしたら捕まえる側になっていたかもしれないっていう
そういう危うさみたいなものとかいろんなものを感じました
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そういう危うさみたいなものを感じました。

この一文が
ズシリとくる



大学生の等身大の映画という事で、どうしても自分の大学生活と比べてしまいます。
大学生活に憧れて入学してはみたものの、オレンジデイズみたいな大学生活なんて待っていなかった。
華の大学生なんてどこにもなかった。

そんな毎日に嫌気が差す。もしかしたら誰にでもありがちなことなのかもしれない。
カンボジアに学校を作りたいと思ったことは一度もないですが、


何かにワクワクして壁にぶつかって苦悩して、我を忘れて叫んで、
生涯続く仲間ができる大学生活には価値があると思う。




いつも思うことがあります。

私達はいつ死ぬなんてわからない。死といつも紙一重の所で生きている。
常々自分が死ぬ時には後悔なく死ねるようにならないと。と思っています。

“いつ”か分からない死をゴールにするのなら、先は霧がかかったようにゴールが見えないのです。
死は明日かもしれないし、50年後かもしれない。

けれど、卒業というゴールが目に見える大学生活を満足したものにできない人にはきっと満足できる人生も送れないと思う。






tusen takk
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